飛鳥宮跡
この目的地について
見るものは多くありません。それを知ったうえで行くのがいいでしょう。飛鳥宮跡は、明日香の中心部、田んぼと民家のあいだにある小さな草地で、発掘で見つかった場所に石敷と、石を組んだ大きな井戸が復元されています。建物は残っていません。10分もあれば見終わります。立ち寄る価値があるのは、足元で何が起きたかを知っているときです。
7世紀より前、宮は天皇が代わるたびに場所を移すのが普通でした。それがここで初めて一か所に定着します。舒明天皇の飛鳥岡本宮、皇極天皇の飛鳥板蓋宮、斉明天皇の後飛鳥岡本宮、そして天武・持統天皇の飛鳥浄御原宮が同じ場所に営まれ、694年に藤原京へ移るまで使われました。地中にはそれぞれの層が重なっています。目に見える石敷と井戸は、いちばん上の天武天皇の宮のものです。
この地でもっともよく知られる出来事は、645年、皇極天皇の飛鳥板蓋宮で起きました。中大兄皇子(のちの天智天皇)らが天皇の目の前で蘇我入鹿を討った乙巳の変で、蘇我氏の権勢が終わり、大化の改新へとつながります。長いあいだこの場所は「伝飛鳥板蓋宮跡」、つまり板蓋宮の跡と伝わる場所と呼ばれてきましたが、長年の発掘で複数の宮が重なっていることがわかり、2016年に正式な名称が「飛鳥宮跡」になりました。
2026年7月26日に世界遺産に登録された「飛鳥・藤原の宮都」を構成する19の資産のひとつです。少し北西にある宮の庭園、飛鳥京跡苑池は別の構成資産です。
見学は無料でいつでも入れますが、日陰は少なく、カフェもなく、解説は現地の案内板くらいです。ほかの見どころの合間に立ち寄る場所と考えてください。飛鳥寺へは北へ歩いて約10分、石舞台古墳へは南東へ約15分。橘寺へは南西へ自転車ですぐです。
所在地
訪問者情報
クレジットカード: 不明
アクセス
奈良県高市郡明日香村岡
道順を表示よくある質問
飛鳥宮跡では何が見られますか?
天武天皇の飛鳥浄御原宮の石敷と、石組みの大きな井戸が復元された小さな草地で、案内板があります。建物は残っておらず、10分あれば見られます。見どころは歴史で、7世紀の何人もの天皇の宮がこの場所に営まれました。
ここが蘇我入鹿が討たれた場所ですか?
奈良県の観光公式サイトによれば、645年の乙巳の変の舞台は皇極天皇の飛鳥板蓋宮で、その遺構はここの地中の層にあります。ただし地表で見られるのは、のちの天武・持統天皇の飛鳥浄御原宮のものです。
見学料や見学時間はありますか?
無料で、いつでも見学できます。門はありません。日陰が少ないので、夏は朝早くか夕方がおすすめです。
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