黒島

都道府県
長崎県
タイプ
島 · 世界遺産:長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
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この目的地について

佐世保市の相浦港からフェリーで約50分の、起伏の多い小さな島です。19世紀、平戸藩の牧場跡の開拓に応じて潜伏キリシタンが移り住みました。フランス人のマルマン神父の設計で1902年に完成したレンガ造りの黒島天主堂の見学には事前連絡が必要です。世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産です。フェリーは1日3往復で、島にはバスもタクシーもありません。

相浦港を出たフェリーは、まず漁業の島・高島に寄り、九十九島の間を抜けて黒島に着きます。周囲約12キロメートルで、常緑樹の濃い緑に覆われた島です。佐世保観光コンベンション協会によると、島民の約8割がカトリック信徒で、その理由は牧場にさかのぼります。17世紀、黒島には平戸藩の牧場が置かれましたが、19世紀初めに廃止され、藩は跡地を開拓する移住者を募りました。それに応じて外海などから移ってきた人々の多くは潜伏キリシタンで、新しくできた7つの集落のうち6つが彼らの集落でした。表向きは本村の禅寺・興禅寺の檀家となり、観音菩薩像を聖母マリアに見立てた「マリア観音」に祈りをささげていました。その像は現存しませんが、寺の梵鐘には今も彼らの名前が刻まれています。毎年、本村役所では絵踏が行われ、キリストやマリアの像を踏むことを強いられました。

1865年の大浦天主堂での「信徒発見」の後、黒島の指導者たちもひそかに宣教師と接触し、1872年に島の潜伏キリシタンはすべてカトリックに復帰しました。現在の黒島天主堂は、1879年に初代の教会堂が建てられた島の中央に立っています。パリ外国宣教会のマルマン神父が自ら設計と工事の指揮をとり、1902年6月に祝別されました。使われたレンガは約40万個といわれ、一部は島で焼かれたものです。土台には黒島産の御影石、内陣の床には有田焼のタイルが敷かれ、マルマン神父手彫りの装飾が施された説教壇が残り、リブ・ヴォールト天井の木目は手描きです。2019年から2021年にかけて耐震・修復工事が行われました。この教会では今も毎週、かつての絵踏を償う祈りがささげられています。

2018年に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の12の構成資産のひとつ「黒島の集落」は、天主堂だけでなく島の景観全体です。牧場跡を拓いた畑、興禅寺、最初のミサが行われた出口家の屋敷跡、十字架をいただく御影石の墓が並ぶ墓地などが含まれます。難点は、フェリーが1日3往復しかなく、バスもタクシーもなく、港から天主堂までは急な上り坂を歩いて約30分かかることです。日帰りなら10時の便で渡り、15時30分の便で戻るのが定番です。

所在地

都道府県: 長崎県

住所: 長崎県佐世保市黒島町3333

最寄りの駅: 黒島港

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訪問者情報

クレジットカード: 不明

公式ウェブサイト

アクセス

長崎県佐世保市黒島町3333

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よくある質問

黒島天主堂の見学はどう申し込みますか?

個人・団体を問わず事前連絡が必要です。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンターのウェブサイトから見学の2日前まで登録でき、前日と当日はセンター(095-823-7650、10時から17時)に電話します。地元の信徒が教会守として常駐し、見学の受付は9時から12時と13時から16時です。現役の小教区の教会なので、ミサや教会行事の間は見学できず、木曜日15時30分から16時30分の教会学校の時間も同様です。堂内の撮影は禁止です。

佐世保から日帰りで行けますか?

行けますが、平常ダイヤで無理なく回れるのは、相浦10時発(黒島10時50分着)で渡り、黒島15時30分発(相浦16時20分着)で戻る組み合わせだけです。島にいられるのは4時間半あまりで、天主堂と主な見どころを自転車やライドシェアで回るには十分です。連休などには増便ダイヤになり、海が荒れると欠航するので、出かける前に時刻表を確認してください。

島内はどうやって移動しますか?

バスもタクシーもありません。歩く(港から天主堂までは上り坂で約30分)、港の黒島ウェルカムハウスで電動自転車を借りる、または2026年7月15日から黒島観光協会が運行する公共ライドシェア「しおさい号」を予約する方法があります。しおさい号は大人1回350円で、予約は0956-56-2311(9時30分から15時)です。予約すればフェリーに車を載せることもできます。

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